球磨焼酎を巡る旅vol.3|ゼロから生まれる「ジャパニーズ・ウイスキー」-高橋酒造株式会社の新たな挑戦-

球磨焼酎を巡る旅vol.3|ゼロから生まれる「ジャパニーズ・ウイスキー」-高橋酒造株式会社の新たな挑戦-

球磨焼酎を巡る旅

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PEAK熊本編集部
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  1. 球磨焼酎を巡る旅vol.3|ゼロから生まれる「ジャパニーズ・ウイスキー」-高橋酒造株式会社の新たな挑戦-
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    球磨焼酎を巡る旅vol.3|ゼロから生まれる「ジャパニーズ・ウイスキー」-高橋酒造株式会社の新たな挑戦-

  2. 球磨焼酎を巡る旅vol.2|一杯から広がる、球磨焼酎の世界-多彩な味わいと愉しみ方-
  3. 球磨焼酎を巡る旅vol.1|熊本が世界に誇る「球磨焼酎」の歴史と魅力

これまで「球磨焼酎を巡る旅」では、球磨焼酎の歴史をたどり、実際に味わいながら、その奥深い魅力に触れてきました。
そして第3弾。今回訪れたのは、人吉市田野町にある「田野蒸溜所」です。

創業から126年。長きにわたり球磨焼酎と向き合ってきた高橋酒造株式会社。
そんな高橋酒造株式会社が今、新たな挑戦を始めています。
その挑戦とは――。

「ウイスキーづくり。」

長年培ってきた技術と経験があるからこそ、その延長線上に新たな酒づくりを描くこともできるはずです。
しかし、高橋酒造株式会社が目指すのは、「焼酎メーカーがつくるウイスキー」ではありません。

焼酎の延長線上ではなく、ひとつのウイスキーブランドとして認められること。
そのために選んだのは、これまでの歴史に頼るのではなく、ゼロからウイスキーと向き合うという道でした。

126年の歴史を胸に。それでも、挑戦はゼロから。
「球磨焼酎を巡る旅」第3弾。
今回は、田野蒸溜所で静かに始まった高橋酒造株式会社の新たな挑戦と、そこに込められた情熱に迫ります。

126年の歴史を胸に。それでも、挑戦はゼロから。

新たな挑戦とは

私が今回訪れたのは、高橋酒造株式会社の新たな挑戦の舞台、「田野蒸溜所」です。

これまで球磨焼酎をつくり続けてきた高橋酒造株式会社が、ここ人吉市田野町で新たに取り組んでいるもの。

それは、ウイスキーづくりです。

「高橋酒造株式会社がウイスキーを?」

そう驚く人もいるかもしれません。

創業から126年。球磨焼酎とともに長い歴史を歩んできた高橋酒造株式会社ですが、現在、田野蒸溜所では新たなウイスキーブランドの誕生に向け、原酒が静かに熟成の時を重ねています。

しかし、この挑戦は、単に新しいお酒をつくるというものではありません。

なぜ、高橋酒造株式会社はウイスキーづくりに挑戦するのか。そして、数ある場所の中から、なぜ「田野」という場所を選んだのか。田野蒸溜所には、高橋酒造株式会社が新たな一歩を踏み出す、確かな理由がありました。

今回は、高橋酒造株式会社 常務取締役の高橋良輔さんにご案内いただきながら、ウイスキーづくりへの想いをお伺いしました。

 

なぜ、ウイスキーだったのか―ゼロから始める新たな挑戦

高橋酒造株式会社が新たな挑戦として選んだのは、ウイスキーでした。

その背景の1つには、世界的に注目を集めるジャパニーズウイスキーの存在があります。

しかし、高橋酒造株式会社がウイスキーづくりに挑戦した理由は、それだけではありません。

「これまでとは異なる、新たな製法に触れたい。」

そんな想いも、今回の挑戦を後押ししたといいます。

創業から126年。高橋酒造株式会社には、長年にわたって焼酎づくりを続ける中で培ってきた知識や技術があります。しかし、だからといって、それらをそのままウイスキーづくりに持ち込むことはしません。

目指したのは、球磨焼酎の延長線上にあるウイスキーではなく、球磨焼酎や球磨の文化とはまったく異なる、新たなウイスキーをつくることでした。

「焼酎メーカーがつくるウイスキーとしてではなく、ひとつのウイスキーブランドとして認めてもらいたい。」

そして、「ウイスキーを愛する人たちにも、その味わいを純粋に楽しんでもらいたい。」という想い。

そのために、高橋酒造株式会社がこだわったのが、「ゼロからつくる」ということです。

126年という長い歴史があるからこそ、その歴史の延長線上に新しいものをつくるのではない。ウイスキーづくりは、ゼロから。

これまで積み重ねてきたものとは別の、新たな製法と向き合いながら、ひとつのウイスキーブランドを築いていく。それは、高橋酒造株式会社にとって、これまでとはまったく異なる挑戦です。

126年の歴史を持つ酒造会社が、あえてゼロから始める。その挑戦の先に、高橋酒造株式会社が目指す新たな姿があります。

 

ジャパニーズウイスキーの誕生まで―田野蒸溜所のウイスキーづくり

「ゼロからつくる」という想いのもと、高橋酒造株式会社が挑むウイスキーづくり。

では、田野蒸溜所ではどのようにしてウイスキーがつくられているのでしょうか。

1.粉砕

2.糖化

3.発酵

4.蒸留

5.熟成

1.粉砕
まず、モルトウイスキーの原料となるのは麦芽のみです。

田野蒸溜所では輸入した麦芽を使用し、ウイスキーづくりは、その麦芽を粉砕するところから始まります。

粉砕された麦芽は、「ハスク」「グリッツ」「フラワー」と呼ばれる3つの状態に分けられます。その割合は、2:7:1という黄金比なのだそう。

こうした最初の工程から、田野蒸溜所のウイスキーづくりは始まります。

 

2.糖化
粉砕した麦芽は「マッシュタン」と呼ばれる糖化槽へと送られます。

ここで麦芽から糖分を取り出し、発酵へとつながる麦汁をつくります。


3.発酵
続いて行われるのが、発酵です。

麦汁に酵母を加えると、タンクの中では「ぶくぶく」と泡が立ち始めます。酵母の働きによって発酵が進み、麦汁は少しずつウイスキーへと近づいていきます。

粉砕、糖化、発酵。

前半3つの工程ですが、田野蒸溜所では、ウイスキーづくりの「土台」となる工程として特に大切にしているといいます。そして、いよいよ蒸溜へ。

 

4.蒸留
田野蒸溜所でひときわ目を引くのが、スコットランドから輸入した銅製のポットスチルです。

銅製の蒸留器には、ウイスキーの風味に影響を与える硫黄系の香りを抑える役割があります。そのような機能性はもちろん、田野蒸溜所では、その美しい姿も海外製のポットスチルを選んだ理由の1つだとか。

たしかに実際に目にすると、写真ではなかなか伝わりづらいですが、大きさ、形、色味、その全てにおいて、とても迫力があり、芸術品のようでした。

さて、ここでの蒸溜は、2回に分けて行われます。

まずは、1回目の蒸留。はじめに使用するのは、「初留器」と呼ばれるストレートネックタイプのポットスチルです。原料が持つ風味や味わいをダイレクトに引き出しながら蒸留し、アルコール度数はおよそ23%に。

そして、2回目の蒸留へ。再留器でさらに蒸留することで、アルコール度数はおよそ65%に。約3倍まで濃縮されることで、フルーティーな香りも引き出されていきます。

さらに、田野蒸溜所のポットスチルには、もう1つ特徴があります。

蒸留器の首から冷却器へ伸びるラインアームという部分が、下向きになっていることです。この形状によって、豊かでリッチな味わいを引き出し、田野の四季を感じられるようなウイスキーを目指しているそう。

粉砕、糖化、発酵。そして、蒸留。

1つひとつの工程を重ね、ようやく生まれた原酒。しかし、ウイスキーづくりはここで終わりではありません。

 

5.熟成
蒸留を終えた原酒は樽へと移され、長い熟成の時間を迎えます。ジャパニーズ・ウイスキーと表示するためには、原則として3年以上の熟成が必要です。

現在、田野蒸溜所にある、最大4,500樽を収容することができる貯蔵庫では、まさにウイスキーが熟成を重ねている最中です。

そして、この熟成にも、田野という土地が深く関わっています。

田野の大きな寒暖差の中で、原酒は四季とともにゆっくりと変化を重ねていきます。

蒸溜所の中だけで、ウイスキーが完成するわけではありません。田野の自然と、そこで流れる時間。そのすべてが、これから生まれるウイスキーの味わいをつくっているのです。

では、なぜ高橋酒造株式会社は、新たな挑戦の舞台として「田野」という場所を選んだのでしょうか。

 

なぜ、この場所だったのか―地域とともに生まれた田野蒸溜所

田野蒸溜所と名を掲げるこの場所は、2014年に閉校した田野小学校。

地域の子どもたちが学び、ともに時間を過ごしてきたこの場所には、多くの思い出が残されています。

そして2024年。閉校から10年の時を経て、この場所は田野蒸溜所として新たな一歩を踏み出しました。

しかし、高橋酒造株式会社は、そこにあったものをすべて新しくつくり変えたわけではありません。

三角の赤い屋根が印象的な校舎と体育館。

田野蒸溜所は、その外観を残したままリノベーションされています。その裏には、地域の人々の想いがありました。

田野小学校は、地域の人々にとって、長い年月をともに過ごしてきた、大切な思い出が詰まった場所です。リノベーションを進める中で地域住民から寄せられたのは、「この場所の形を残してほしい」という声。

高橋酒造株式会社は、その想いに応えるように、田野小学校が持っていた面影を大切に残しながら、新たな蒸溜所へと生まれ変わらせました。実際に蒸溜所の中を歩いてみると、そこには、かつて小学校だった頃の面影が今も残されています。

廊下に設置された水道も、その1つです。

かつて子どもたちが使っていた場所は、今も当時の姿を残しています。

そして、体育館だった場所では、現在ウイスキーづくりが行われています。

学校だった頃とはまったく異なる役割を担うようになった空間。しかし、その中には、地域住民の方々が作詞されたという田野小学校の校歌が飾られており、この場所に流れていた時間を連想させるような、どこか懐かしい空間になっています。

さらに、かつての教室の一部は、ウイスキーを熟成させる樽の貯蔵庫として活用されています。

子どもたちが机を並べ、学んでいた教室に、今は数えきれないほどの樽が並ぶ光景を見て、新しい役割を持ちながらも、建物に刻まれた時間は、確かに受け継がれていることを実感しました。

そして、田野蒸溜所には、ウイスキーを試飲できるスペースもあり、そこから眺められるのは、田野の豊かな自然です。

かつて校庭だった広場やプールの先には、美晴山の壮大な景色が広がっています。

子どもたちの声が響いていた場所で、今は田野の自然を眺めながら、新たな時間を過ごすことができます。

田野蒸溜所が担う役割は、ウイスキーづくりだけにとどまりません。

ここは、訪れた人が、かつてここにあった時間に思いを馳せながら、新たな田野の魅力に触れることができる場所であり、また初めてこの場所を訪れた人が、かつてここにあった時間を思い浮かべながら、自然豊かな田野の景色に心打たれる場所になっています。

高橋酒造株式会社が大切にしている、「良いものは遺し、新しいものを創りたい」という想い。

その言葉が、田野蒸溜所という形となり、新たな歴史が生まれようとしているのです。

 

126年の歴史を胸に。挑戦をゼロから始めた高橋常務の想い

1900年の創業から、今年で126年。

高橋酒造株式会社には、長い年月をかけて積み重ねてきた歴史があります。

球磨焼酎をつくり続ける中で培われてきた技術や知識。そして、多くの人々に愛されてきたブランド。新たなウイスキーづくりに挑戦する上で、その歴史は大きな強みになるはずです。

しかし、取材を通して強く印象に残っているのは、高橋さんが何度も口にされた「ゼロから」という言葉でした。

今回のウイスキーづくりでは、原料も、設備も、自分たちで1つひとつ準備してきたそう。すでに長い歴史を持つ酒造会社でありながら、新たな挑戦に必要なものを、何もないところからつくり上げていく。その準備は、決して簡単なものではなかったそうです。

それでも、高橋さんが「ゼロから」ということにこだわったのには理由があります。

目指したのは、球磨焼酎の延長線上にあるウイスキーではなく、ひとつのウイスキーブランドとして、ウイスキーファンにも認めてもらえる、ここにしかない新しいウイスキー。

だからこそ、これまで積み重ねてきた歴史に頼るのではなく、新たな世界に、そして文化に、ゼロから向き合うことを選んだのです。

そして、ゼロから始まった挑戦は、いま田野の自然の中で、ゆっくりとその姿を変えています。蒸留された原酒は樽へと詰められ、長い熟成の時間を過ごします。

そして、その熟成の時間を語る上で欠かせないのが、原酒を包み込む「樽」の存在です。田野蒸溜所では、バーボン樽をメインに原酒が樽詰めされています。

かつてバーボンの熟成に使用されていた樽を使うことで、原酒にはバニラやココナッツを思わせる香りが加わっていきます。

一方、シェリー樽では、よりフルーティーな香りが生まれるそう。

新品の樽ではなく、一度別のお酒を熟成させた樽だからこそ、その樽が持つ個性が、新たなウイスキーにも受け継がれていく。

原酒だけでは完成しない。どの樽で、どれだけの時間を過ごすのか。そのすべてが、これから生まれるウイスキーの個性になっていきます。

そして、もう1つ。「田野らしさ」をウイスキーで表現すること。

標高約680メートルに位置する田野高原。冬には気温がマイナス10度を下回ることもあるほど、厳しい寒さに包まれます。一方で、季節が変われば、そこにはまったく異なる景色が広がります。

早春には、高橋酒造株式会社と地域の人々がともに野焼きを行う。秋になれば、ススキが顔をのぞかせる。四季によって、田野の風景はその表情を大きく変えていきます。

私が訪れた際にも、その豊かな自然と壮大な景色が、強く印象に残りました。

「この土地に流れる時間や、四季折々の景色。そのすべてを、いつかウイスキーでも表現したい。」

高橋さんは、そんな素敵な想いを語ってくださいました。

田野蒸溜所は、ただ新しいウイスキーをつくるために生まれた場所ではありません。

このプロジェクトには、2020年に発生した令和2年7月豪雨によって甚大な被害を受けた人吉球磨地域の「創造的復興」という側面もあります。さらに、建築や都市計画を通して地域の文化向上を目指す「くまもとアートポリス」の一環としても進められました。

その中で大切にされたのが、「記憶を継承する建築」という考え方だったといいます。

だからこそ、田野小学校の外観を残してほしいという地域住民の声にも向き合い、その想いを田野蒸溜所という新たな形へとつないでいきました。

地域が大切にしてきた記憶は遺しながら、新たな未来をつくっていく。

「良いものは遺し、新しいものを創りたい。」

高橋酒造株式会社が大切にしているこの想いは、田野蒸溜所という場所に、確かに形となっています。

「ウイスキーづくりは、ゼロから。」

しかし、この場所に刻まれてきた記憶まで、ゼロにするわけではない。

126年の歴史を胸に、地域の想いを受け継ぎながら、新たなウイスキーをゼロからつくる。田野という土地で始まった高橋酒造株式会社の新たな挑戦は、まだその道の途中です。

これから長い時間をかけ、田野の四季とともに育まれていくウイスキーは、どのような姿を見せてくれるのでしょうか。

私は、この場所で始まった新たな挑戦の行方を、これからも見届けていきたいと思います。

 

田野蒸溜所―見学のご案内―

最後に見学についてのご案内です。

ここ田野蒸溜所では、2026年10月3日より、毎週土曜日に、蒸溜所見学が始まります。

午前と午後の2部制で、完全事前予約制となっています。試飲がございますので、ご参加は20歳以上の方限定です。

詳細およびご予約は田野蒸溜所専用サイトをご確認ください!

ぜひ、田野蒸溜所に足を運び、高橋酒造株式会社の新たな挑戦を肌で感じてみてくださいね。

さて、「球磨焼酎を巡る旅」第3弾はいかがでしたか?

高橋酒造株式会社の新たな挑戦は、球磨焼酎の世界を飛び出し、まったく異なる場所で、そしてまったく異なるやり方で、ウイスキーをゼロからつくることにありました。

その裏に秘められた想いや、情熱を知ることで、田野蒸溜所から生まれるジャパニーズウイスキーへの期待もより大きく膨らんだのではないでしょうか。

皆さんにお伝えしたいことは、他にもまだまだたくさんありますが、残りはぜひ、田野蒸溜所に足を運んで、皆さんの目で見て、肌で感じ、そして壮大な自然に包まれた空間の中で日常から少し離れた特別な時間を、実際に過ごしていただけたらと思います。

今はまだ、熟成の時を重ねているウイスキー。

いつかそのウイスキーを口にしながら、誰かとその味わいや、この場所で始まった物語について語り合うことができる日を心待ちに。

「球磨焼酎を巡る旅」次回はどんな旅になるでしょうか。第4弾もお楽しみに。

 

コラム:私の“推し球磨焼酎”

私の“推し球磨焼酎”は、「白岳しろ」です。

焼酎というと、少し大人っぽくて「若い世代にはちょっとハードルが高いかも……?」と思う人もいるのではないでしょうか。

そんなイメージを変えてくれたのが、白岳しろの「ぶどうジュース割」です! 白岳しろは、ほかの白岳シリーズと比べてもクセが少なく、すっきりとした味わいが特徴。焼酎特有のクセが苦手な人でも、比較的飲みやすい一杯です。 そこにぶどうジュースを合わせると、ほんのり甘くてフルーティーな味わいに!イメージするなら、「甘めのカクテル(お酒が強いバージョン)」といった感じ。ジュースの甘さはありながら、後味はすっきりしているので、お酒の風味も甘さも楽しみたいという私には最高の一杯でした!

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