偉人が歩いたまち、熊本 vol.8|武蔵を見抜いた名君・細川忠利が眠る、竹林に包まれた「細川家霊廟」

偉人が歩いたまち、熊本 vol.8|武蔵を見抜いた名君・細川忠利が眠る、竹林に包まれた「細川家霊廟」

第7回でご紹介した宮本武蔵。
彼を熊本へ招いた人物は、どのような存在だったのでしょうか。

今回訪れたのは、熊本市中心部にほど近い「北岡自然公園」。
緑に包まれたこの静かな公園には、熊本藩主・細川家の歴代を祀る「細川家霊廟(れいびょう)」があります。

武蔵の才能を見抜き、熊本へと招いた名君、細川忠利(ほそかわただとし)。
第8回の連載では、細川家第3代•忠利公の足跡をたどっていきましょう。

細川家の覚悟と歴史が受け継がれ、今も静かに息づく場所「北岡自然公園」

細川忠利とは

熊本藩の礎を築いた人物として知られるのが、細川家として熊本を治めた初代藩主・細川忠利(ほそかわただとし)です。

派手な合戦や武勇伝で語られることは少ないものの、彼の存在をなくして現在の熊本は語れない。そう言っても過言ではない「知る人ぞ知る名君」と言えるでしょう。

まずは、忠利公について簡単に説明します。

【細川忠利(幼名:光千代)】

・生年月日:天正14年10月11日(1586年11月21日)

・死亡年月日:寛永18年3月17日(1641年4月26日)(享年54歳)

戦国名門・細川家に生まれ、父は細川忠興(ほそかわただおき)、母はキリシタンとしても知られる細川ガラシャ。熊本藩初代藩主として、城下町の整備と藩政の安定に尽力し、剣豪・宮本武蔵を招いて文化と武の発展を支えた。

慶長5年(1600年)に、人質として江戸へと送られますが、二代将軍・徳川秀忠(とくがわひでただ)から1字を与えられ「忠利」と名乗ることを許されるなど、早くから将軍家からの信頼を得ていたことがうかがえます。

城下町の整備と藩政の安定に尽力する一方、宮本武蔵をはじめとする文人・武芸者を保護し、熊本の地に学問と芸術の土壌を育てました。

華やかな戦功ではなく、人を見抜き、活かす力。それこそが、忠利という藩主の真価だったのかもしれません。

 

北岡の森に眠る歴代藩主

忠利公の足跡をたどるうえで、欠かすことのできない場所があります。

それが、「細川家霊廟(れいびょう)」。北岡自然公園の一角、「旧妙解寺跡(きゅうみょうげじあと)」に広がる墓地に、熊本細川家歴代藩主が祀られています。

石燈籠が並ぶ参道を抜け、高い石段を一歩ずつ上がっていくと、視界がふっと開けます。

視界の先には、細川家第3代・忠利公、忠利夫人、第4代・細川光尚の御廟が。

禅宗様と和様が融合した折衷様式で、桃山時代の意匠を色濃く残す江戸初期の建築として、きわめて貴重なものとされています。

さらに奥へ進むと、第5代•綱利公以降の歴代藩主の墓が続きます。その中で、ひときわ目を引くものがありました。

綱利公の墓のそばに置かれた、大きな石。一見すると自然石のようですが、これは綱利公が日々の鍛錬に用いていたと伝えられるものです。

重いものでは約180キロにも及んだといわれ、藩主として自ら体を鍛え続けたその姿勢がうかがえます。

城下を治める立場にありながら、己を律することを怠らない。その在り方は、単なる権威ではなく、「」を忘れぬ精神の表れだったのかもしれません。

竹林に囲まれた静かな墓地の中で、その大きな石は今も変わらずそこにあります。

 

殉死が語る、武士道の厳しさ

細川忠利、忠利夫人、細川光尚の3つの御廟(ごびょう)を守るかのように、忠利公に殉じた19人、光尚公に殉じた11人の墓石が整然と並びます。

忠利公が亡くなると、特に厚い恩顧を受けていた藩士たちは、自宅や菩提寺で切腹し、主君の後を追ったと伝えられています。主従の絆は、時に命をもって示されました。

森鷗外の「阿部一族」で描かれた「阿部弥一右衛門(あべやいちえもん)」の名も、この地に残ります。

竹の葉が揺れる音のなか、整然と並ぶ墓石を前に立つと、その決断の重さが、言葉を超えて迫ってきます。

 

北岡自然公園

歴史の重みを感じさせる細川家霊廟があるのは、「北岡自然公園の一角です。

JR熊本駅から徒歩約15分。花岡山のふもと、住宅が点在する穏やかなエリアにその公園はあります。

市街地からほど近い場所でありながら、一歩足を踏み入れると、空気がふっと変わります。木々に囲まれ、竹が風に揺れ、歴史を包み込むような静けさが広がります。

駐車場も整備されているため、車での訪問も可能です。観光地というよりは、地元の人々の散策路のような落ち着いた雰囲気。だからこそ、この場所に眠る歴史とゆっくり向き合うことができます。

熊本駅から歩いて辿り着ける距離に、これほど深い歴史が静かに息づいている。

それもまた、北岡自然公園の魅力のひとつなのかもしれません。

 

最後に

朝早く訪れた北岡自然公園は、霧に包まれ、いっそう幻想的でどこか厳かな空気に満ちていました。静寂のなかに立つ御廟や竹林を前にすると、細川家がこの地に残したものの大きさを改めて感じます。

建物や燈籠の至るところには、細川家の家紋である「九曜紋」がかたどられていました。蓮根のようにも見えるその意匠を目にするたび、歴史が単なる過去ではなく、いまも確かに受け継がれているものなのだと実感します。

いまの熊本があるのは、細川家の歩みと尽力があったからこそ。その精神は、形を変えながらも、静かに息づいている、そんな思いが胸に残りました。

次回、第9回の記事でも、引き続き細川家の歴史とその足跡をたどっていきます。

INFORMATION

店名:

北岡自然公園(熊本藩主細川家墓所 妙解寺跡)

住所:

熊本県熊本市中央区横手2-5-1

電話番号:

096-356-8005

営業時間:

8:30~17:00(入園は16:30まで)

定休日:

12月29日~12月31日

一人当たりの予算:

〜¥1,000 ※年齢により入場料が異なります。詳しくはwebをご確認ください。

※記事内の情報は記事執筆時点のものです。正確な情報とは異なる可能性がございますので、最新の情報は直接店舗にお問い合わせください。