偉人が歩いたまち、熊本
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偉人が歩いたまち、熊本 vol.7|五輪書が生まれ、宮本武蔵がたどり着いた戦わぬ場所「霊巌洞」
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熊本市の西部、金峰山の山麓にひっそりと佇む「霊巌洞(れいがんどう)」。宮本武蔵が晩年、この洞窟で「五輪書」を記したと伝わる場所です。
第6回で訪れた武蔵塚公園が「武蔵の眠る地」だとすれば、霊巌洞は「武蔵の思想が完成した地」。
熊本での武蔵の歩みを深くたどるうえで欠かすことのできない、まさに精神の源泉とも言える場所です。
第7回では、この霊巌洞を中心に、武蔵が熊本で過ごした晩年の姿、その背景に関わる雲巌禅寺についてご紹介していきます。
剣を離れ、思索へ。宮本武蔵が辿り着いた静寂の地「霊巌洞(れいがんどう)・雲巌禅寺(うんがんぜんじ)」
熊本に訪れた宮本武蔵
宮本武蔵が熊本に移り住んだのは、晩年のことでした。

彼を招いたのは熊本藩主・細川忠利(ほそかわただとし)。武蔵の実力をいち早く見抜き、剣術だけでなく、兵学・芸術・作庭など多方面で藩の文化向上に貢献してほしいと考えていた人物です。
武蔵はその期待に応えるように、熊本で数多くの弟子を育て、兵法の思想を深め、絵画や書の作品も残しました。熊本で過ごした5年ほどの歳月は、武蔵にとって「円熟期」であり、剣豪としてだけでなく思想家として完成されていく重要な時期でした。
「五輪書」とは?
そもそも、「『五輪書(ごりんのしょ)』とは?」という方もいらっしゃるかもしれません。ここで簡単にご紹介します。
【五輪書】
武蔵の人生の集大成ともいえるのが、熊本で著された兵法書。
武蔵が、金峰山の「霊巌洞」にこもって書き上げたとされ、剣の技だけでなく「生き方」「心の在りよう」「物事の見方」までも説いた、日本を代表する武術思想書です。
内容は、地・水・火・風・空の五巻から成り、それぞれが武蔵の哲学と戦いの原理を象徴しています。

五輪書は、単なる指南書ではなく、武蔵が生涯を通してたどり着いた境地を言語化した「悟りの書」ともいえるでしょう。
熊本は、この「五輪書」が生まれた場所であり、武蔵の思想が最も深まった土地。
そして、その精神が今もなお息づく場所が、次に紹介する「霊巌洞(れいがんどう)」です。
アクセス
熊本市西区、金峰山の中腹にひっそりと口を開ける洞窟。それが「霊巌洞」です。
霊巌洞のある雲巌禅寺は、熊本市西区・金峰山の麓に位置しています。市街地から車でおよそ30分ほど。熊本駅周辺の喧騒を離れ、山へと向かうにつれて、景色は少しずつ緑を増していきます。
雲巌禅寺には駐車場が整備されており、車での訪問がもっとも便利です。駐車場から雲巌禅寺、そして霊巌洞までは徒歩で向かうことになりますが、その道のりこそが、この場所の魅力のひとつ。

武蔵の思想構築
宮本武蔵は晩年、この人里離れた岩窟に身を置き、「五輪書」の執筆に没頭したと伝えられています。

霊巌洞は、決して広い場所ではありません。洞内は薄暗く、ひんやりとした空気が流れ、外界の音はほとんど届きません。ただ、岩肌に反射する微かな光と、静寂だけがそこにあります。

剣の勝敗を競う日々から離れ、武蔵はここで自らが歩んだ人生と向き合いました。数多の真剣勝負を生き抜いてきた剣豪が、最後に選んだのは「戦わぬ場所」。この洞窟で武蔵は、剣の技だけではなく、人としてどう生きるべきか、何を捨て、何を残すのかを、深く思索していたのかもしれません。
霊巌洞で書かれた「五輪書」には、現代の人々にも通ずる、「固定概念や過去にとらわれず、常に新しい視点で物事を見る」「他者と比較し、自分の思考や技術を見直すきっかけにする」といった人生で重要にすべき思想が色濃く表れています。
それは、若き日に剣を振るっていた武蔵ではなく、熊本で静かに人生を振り返った晩年の武蔵だからこそ到達できた境地でした。

洞窟の中に立つと、武蔵がこの場所を選んだ理由が、少しだけ分かる気がします。人の気配から遠く、自然の中に身を委ねながら、己の内面と自然の理にのみ向き合うことができる場所。
霊巌洞は、宮本武蔵が剣の果てにたどり着いた、「思索の終着点」だったのかもしれません。
雲巌禅寺と五百羅漢の道
雲巌禅寺(うんがんぜんじ)から霊巌洞へと向かう参道には、静かに並ぶ五百羅漢(ごひゃくらかん)の石仏たちが安置されています。

この五百羅漢が奉納されたのは、宮本武蔵の時代からおよそ150年後のこと。1人の商人とその子孫が24年もの歳月をかけて奉納したと伝えられています。
五百羅漢とは、釈迦の教えを直接受けた弟子たちのこと。悟りに至った存在でありながら、その姿は決して一様ではありません。
穏やかに微笑む者、厳しい表情の者、何かを見つめるような者。容貌も姿態も千差万別で、同じ表情のものはひとつとしてありません。

それは、釈迦の教えが身分や立場を分かたず、あらゆる人々に等しく開かれていたことを今に伝えているかのようでした。
霊巌洞へと続く道は、空気が澄み、木々の間を抜ける風が心地よく、自然と背筋が伸びるような凛とした感覚に包まれます。五百羅漢に囲まれたその道のりに、不思議と怖さはありません。むしろ、静かに見守られているような安心感がありました。

木漏れ日がやさしく差し込み、石仏の表情を柔らかく照らすその風景は、今も記憶に残る、どこかあたたかく、少し不思議な時間でした。

この道を歩くこと自体が、霊巌洞で武蔵の思想に触れるための「心を整える時間」なのかもしれません。
五百羅漢に見守られながら進む山道は、決して険しすぎることはなく、静かで澄んだ空気が漂っています。歩くごとに心が落ち着き、自然と呼吸が深くなるのを感じました。
最後に
霊巌洞へ続く道は、今では五百羅漢に見守られ、木漏れ日と静寂に包まれています。
武蔵が過ごした時代とは景色が違っても、この場所が持つ「思索へ向かわせる空気」は、今も変わらないのかもしれません。

熊本は、宮本武蔵が剣豪としてだけでなく、1人の思想家として完成した地。霊巌洞は、その境地に最も近づける場所なのかもしれません。

ぜひみなさんも実際に足を運び、武蔵が見つめた静寂と思想の余韻を感じてみてください。
INFORMATION
店名:
霊巌洞(雲巌禅寺)
住所:
熊本市西区松尾町平山589(雲巌禅寺内)
電話番号:
096-329-8854
営業時間:
8時00分~17時00分
一人当たりの予算:
大人300円、高校生200円、中学生以下100円 団体20人以上1割引、50人以上2割引、100人以上3割引
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